正直な話
現実が、全部絵空事のように感じられる。
これまでこんな感覚になったのは、両親に離婚すると決めたと告げられた高校生の時と、母がバイク事故で救急搬送されたと知った5・6年前の時くらいかも知れない。
これまで当たり前の自分の生活と思っていたものが急に遠ざかって、自分のものでは無くなるような感覚。
昨日一昨日、サイコスリラー映画で観るような殺人が、しかも大量に、長期間にわたって、国家規模で起こり続けていることを、急に自分自身の現実として感じるようになった。
遅すぎるし、ただふいに感じただけだけど、ものすごく恐ろしくて、今までは外国の酷い話としてしか思えてなかったんだと気付いた。
今日明日、今、知らない誰かに殺されるかも知れない立場の人が居ると思うと、
私が今好きで大事にしている物とか、音楽とか、ゲームとか漫画とかお風呂とか、全部が嘘みたいな、いやそれどころじゃないじゃんというか、虚構、まやかし、幻想 のように感じて、
自分がどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
イスラエルによる大量虐殺について、当初から活動されている方には脱帽する思いです。
自分はいま日本で不自由なく生活している日本人で、それは覆せず、アラビア語も英語も分からず、今すぐ現地に行くわけではなく、行ったとしても何も力になれそうなことはなく、そのことから目を背けてアニメとかゲームに現を抜かし中途半端な無力感とちょっとは考えてます風のプライドだけはあり、そんな情けない人間として どうしていけるっていうんだろう。
とりあえず学マスに課金した分だけ現地の人への募金もすることにしたけど そしたら勝手に少しは気が楽になったけど 本当にしょうもないなと思う。
結局は自分の理想の生活を続けながら 勝手に悲劇を嘆くしかできないのか。
いやでも本当にしょうもないのは虐殺をする人たちだと思う
今居る現実世界で 生きている人を 堂々と殺したり奪ったりする人たちが 力を持って沢山居るっていうことが 本当に最悪な悪夢のようで
この世は本当に最悪だなと思う。
今まで思い描いてきたなんとなく平和な世界っていうのが 全力で否定されてる
人に優しくしたい気持ちって 人類共通ではないんだなと いい加減認めなければならないんだなと
34歳の私はいまここです。
とりあえず生活を続ける
追記
ここまで書いた翌日、皆木ッキとフォーラムへ「越後 奥三面」を観に行った。
そしてとても救われた。
生きていくために必死にならなくても生きられてしまう暮らし自体が そもそもまやかし というか生の実感を伴わないものに陥りがちであることはとっくに明白であり
自分自身に本来は関わらない筈の問題まで あらゆる情報が流れ込んでくる現代の生活の中にいて 私は勝手にどうすればいいか分からなくなっているだけなのであった
要するに 機械にのめり込むな だ
広大な自然の中で 神々に感謝しながら 四季折々の 生きるための仕事を続けていくことが 本来の人間の生活だとしたら
今居る環境でそれを行うことは難しい。
でもそんな生活はあり得るし、スマホもテレビも「機械」だという意識を持つだけで、多少は 数多の情報に振り回されないよう自我のコントロールがつくんではなかろうか。
その上で 自分が出会った問題に 自分が出来る関わりをしていくしかできない。
一人の人間としてはそれでいいんだと思った。
あと体を動かした方がいい。
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